去勢について
私の詩では、男は去勢的な扱いを受けることが多いです。 従来、男性は女性よりも大きく強い体躯を持っています。女性と比較して生まれつき「 勝 か っている」というアドバンテージがあるのです。勝ち側が勝つのであればそれは強権となり、独占的支配的になります。バランスが良くありません。勝ちで生まれたなら、負ける必要があります。強者こそ優しくあるべきで、それによって調和が保たれます。 私の作る詩世界では、男たちは圧倒的な勝ち(前提とされた途方もなくたくましい体躯)であると同時に、去勢される運命にあり、それによって世界が成り立つという構造があります。男は勝てるというアドバンテージがゆえに負け続ける必要がある世界なのです。しかしそこに感情はありません。絶望も虚無もなくただ淡々と静謐です。 余談ですが、勝ちの優位さを自ら放棄し、負けから入ってくる者たちが現れ始めました。生物的、志向的、社会的に。これは私の詩においてではなく、現実世界の話です。予め負けていることで、攻撃的にふるまえる可能性が生じます。 なるほど、と思いながら私は様子を見ています。私の詩にもそんな存在を登場させてみてもいいかもしれません。