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ライブ感想(阿佐ヶ谷)

<阿佐ヶ谷のライブより> ◎木目鳥さん は始めにスケッチを開く「こんばんは木目鳥です」もうそこから幻想的な立体絵本の世界が展開する。雨がふり風がふき、あるいは木洩れ日がさし、聞き手はもうその小さな部屋の住人になる。最後にまたスケッチブックが開かれ「おしまい」の文字を見て、催眠がとけるようにハッ!と カフェにいる自分に気がつく。 ◎SHUNAさん の場合はコケティッシュだ。森で踊っている歌姫は、貴方のそこ!(胸の中)へ思いの手紙を直接 投げこんでくる。シュワシュワとして、私などは耳たぶが赤くなる。冷たく透明なのに 鮮やかに燃え上がる炎。‥‥もうすぐ冬が来る、まさに彼女の季節。 ◎フラワーチルドレンさん* を初「目撃」。自作の映像を壁に映しながらの演奏。 幻想に彩られてはいるが、現実味がある空間。『くるみわり戦争』『カッコーは木の上で』など歌詞の面白さに脳髄は染め上げられる感覚 をおぼえるものの、どうもそれだけではない。アレンジの中に、デ・キリコの絵のような 架空の広場のような、奇妙な遠近感・立体感。絵の中で車輪を棒でころがしていくあの少女こそ、彼女自身ではないか。 沈まない夕日、永遠につづく夕暮れ。‥‥待ってくれ! と声をかけたいのに声が出ない。 その気持ちのまま私はカフェのドアを開け、見知らぬ街でずっと宙吊りの迷子になっている。 * フラワーチルドレンさんの音楽・映像は こちらで。

泊さんライブ

「内面は歌わない」と笹山さんは言った。昭和歌謡デュオ「泊」のボーカルである。 相棒の武村さんが「あいつは今のモリッシーやと思うてます」「じゃあ今のザ・スミスって一体なんやろという話なんですけど」藤山一郎なにするものぞの二人組みがザ・スミスになる日。その間をつなぐ変換装置ってなんやねん? の混沌が武村さんの中にある。この混沌はひどく刺激的だ。 別次元だからこそ、つなぐことで面白愉快が生まれるんちゃいますか? であるし、全然ちがうと思ったけど同じじゃん! という発見もあるやもしれない。とかくおつむは柔らかくありたい。ほな。 「泊(とまり)」は2002年に大阪で結成された 笹山鳩さんと 武村篤彦さんの異色昭和歌謡ユニット。 サイトはこちら。

オラン+サマ 初ライブ@ウッドストックカフェ

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2012年4月4日、やさしく素直にライブは始まった。 カフェの中だけ ぽかぽかと春めいて。 外の世界とはぜんぜん違う時間が、のっそりと流れ出す。 カフェが動き始めたのだ。 前日、オランさんからのメール。 「ふうわりとした音を出したい」と、ひと言。 ‥‥そっか、まっさらでいくんですね。と  私も余計な思考をピタッとやめた。 当日、たいした打ち合わせもなく、本番へ。 居心地のいいカフェ オランさんの「音」と「間」  お客さんの気持ちのさざめき‥‥ 全部がみるみる集まって、私を通って 筆先から流れ出る。すごいね。 私という全体が「透明なツール」になる。 まるで絵描きのシャーマンみたいな感覚でいた。その場・その時・その人々すべてを「寄せて」+「絵にする」。「寄せる」といえば「寄せては、かえす波」。絵を描くことは「かえす」こと。波はさざなみ(漣)。 そして完成。どこにもない音、どこにもない時間、 どこにもない気持ち を閉じこめた絵がそこに。 それは、オランさんの「演奏記録」であり、 今宵この場の「全員の記憶」。居合わせた人たちだけの、特別なもの。秘密(!)。 ---------------------------------------- その日、オランさんは 黒いスカートに白のカーディガン。清楚。 私は チューリップ帽子、太い黒縁メガネ、黒服。なんとも奇妙。 「今日は間(ま)を出しました」とオランさんはおっしゃった。緩・急 強・弱に「間」。とらわれ・気づかいなく、自由自在に。ただ自分が自分であるようにと、エネルギーを注ぐ。たとえばアンコールの「くらげ」。アコーディオンを打楽器に変換、間でもって歌いきった。叩くんですよ?弾かないんですよ?‥‥圧巻。 ギタレレという小ギターでの演奏も、「間」のスパイスがゆったりと効いていた。この日もすべては新鮮で、しっとりとつややかにカラフルだった。 私は必死だ。曲に乗り、歌詞をひろって、絵の中にどんどん入れていく。歌詞にそって絵を描くと、お客さんの空気が反応となってすぐ伝わってくる。快感。青い鳥、天使の気配、鳥のうんち、野に咲く花、夢、さかさまの夜空‥‥ すべて描いた。オランさんやカフェのご主人も描いた。あとはお客の皆さんをもっと入れたかった。 オランさんも私の絵を見ながら、雰囲...

GWANさんライブ(追記 26.1.)

はじめて佐藤GWAN博さんのライブを聴きに。 一曲目、ボロロン‥‥と『存在の確認』だ。 いきなり確認されちゃうのだろうか、と不安がよぎるものの、そうではなくて「あっちの」「あっちには」とゆっくり指をさすように、世界を眺めわたす歌だった。かわいらしい女の人をうたった歌や、『酒飲みの唄』みたいな曲もよかった。ジャブジャブ酒を飲んでこないとうたえないような歌だと思う。酒飲みは仕方ない、ゆるしてやってよ。ぼろぼろだけどそれが幸せなんだよ。人はみな愚かなものだよ、と。それから『窓』。「まど」ということばをくり返す印象的な歌だ。「好きなので歌ってみました」人の作った歌も歌えるようになってきた、と はにかむような笑みで。 でも それだけじゃなかった。 ベルトルト・ブレヒトの『あかんぼ殺しのマリー・ファラー』。長い曲で、しかもテーマがずしりと重い。悲哀をたっぷり含んだ、8分間の小劇。ギターの最後の音の余韻に「あなたはどう思いますか?」の問いが感ぜられた。 私は前の記事で「(人と人が)触れたときには、小さな火花がチリチリ散る。」と書いた。GWANさんの曲でそれは、「草と草のふれあい」として歌われている。名もない草と草が、風にゆれてふわっとふれる。そういう出会いの優しさを漂わせた曲を、アンコールとして。ちょうどよかったと思う。 ‥‥終わりからまた始まる。出会いとともに始まる。 カフェのドアを開けると、そこは真冬の街。北風をくぐり抜け、家にたどりついた私は、ライブの余韻を湯たんぽがわりにして眠りについた。 -------------------------------------------------- (2026.1. 追記) 検索したらお元気そうなお姿を見つけた。かっこよさ。 「決意表明 by 佐藤GWAN博」2025.12. https://youtu.be/upao_9QoD94

猫になる猫にのる

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ビル猫の風太が背中にしょっているビルの窓の明かりのどこかはライブカフェです。カフェの箱はお客と音楽を飲みこんで、大きくふくらんでいきます。そういう猫です。 先日「ウッドストック・カフェ」にてオランさんと江森孝之さんのライブを味わってきました。「ギターがいるとやっぱりいいですね。アコーディオンと正反対、の音が、すごくいいです」すごくいいです。オランさんの言うとおり。 江森さんのギターは手先指先じゃなくて、体全体ではじいてる。「弾く(ひく)」ことは「弾く(はじく)」こと。気持ちが、足から腰から前かがみの背中をぐるっと通って指先に、それで弦をグッと弾いてひとつの音。そこへつやつやとしたアコーディオンの音色がやってきて、わき起こる楽しい景色。 それはどんな世界? 「猫の背中のどこかの窓」にもぐりこみ、絵本のようなその音楽にひたってみればわかります。気がつけばもう音の絵本の中の登場人物となって‥‥。まずは少しの勇気と好奇心をもって、そのお店のドアをギッと、あけてみてください。 夜の街は猫の背中に。

イタチョコ座ハーメルン

先日、『イタチョコ座の怪人』第一夜 に参じた。 ライブハウスの舞台には、ラショウさんと4人の仲間たち。 セリフ劇の合間に、悲哀とユーモアの入りまじった歌が入るという構成。 途中、ラショウさん作のiPhone用ゲーム*の発表も含め、わざわざ神戸からの出張公演だ。 <あらすじ> ある夜、俳優志望の女性が地下室の劇団にやってくる。 出迎えたのは、文字通り怪しげなイタチョコ座の怪人(ラショウさん)と、手作りロボットの助手。あきらかに女性の目的とはちがう劇団。しかし強引でとんちんかんな勧誘を受け、入団するはめに。 女性と助手は「鼠」役となって、今度はイタチョコ座の怪人をたぶらかす。鼠たちは怪人が作った「鼠格(鼠の人格)」を有し、しかも二役を都合よくクルクルと使い分けながら、怪人を「ハーメルン**」に仕立て上げる。その見返りとして、ふたりは際限なく怪人にお米をねだるが‥‥ 劇中劇のハーメルンがいい。 となりの部屋から聞こえてくるミシンの音。自分もギターを弾いて、こっそり合わせてみる。そして売れ残りの「人形」たちの歌。椅子から立ち上がり身悶えるジェスチャー、叫ぶような歌声。狭い空間にはもったいない。広い舞台があればいいだろうになぁと思わせる、ラショウさんの熱演。 すべては夢か?幻か? 現実の地下のライブハウス / 架空の「イタチョコ座」 / ハーメルンの部屋、ラショウさん / イタチョコ座の怪人 / ハーメルン、劇団員のふたり / 二匹の鼠 / 人形・ものたち。これらと、劇中劇も折りこまれて、すべてが二重三重に張りめぐらされた奇妙な幻想空間。 入れ子の空間を演出しきったラショウさん、素敵な共演者とともに、満足だったのではないだろうか。 「ぬぅぬぅ、はい!」(縫う縫う、針)  くねるように歌う姿がよかった。 *イタチョコシステム『あの素晴らしい弁当を2度3度』と、もう1本。2月にリリース予定とのこと。 **童話『ハーメルンの笛吹き男』より。不思議な男が笛を吹いて、たくさんの鼠をあやつり街から追い出す。

ライブ感想(オランさん、スマアトボーラーズさん他)

トビラを開けると、もう一枚のトビラ。二重の皮膜のむこうはもう音楽のマッス(固まり)。 入り口はなんとステージの脇で、ギクリとした。いったん外に出る。曲が終わるのを待って、こっそりと身をかがめ侵入。せまいカフェでのライブは、立ち見の盛況。人々は木々、音楽は葉々、つまり箱庭の森。 2組目、ニュー東京スマアトボーラーズさん。バイオリンにアコーディオン、フレンチな香り、だけじゃない。陽気さの中に切なさの影。クラリネット、ギター、ベースも。優しかったり頑固だったり、それぞれの主張をかき鳴らしていた。イメージはモナド。あと陽気な雨宿り。なんとなく。 3組目、Double Véさん。 がらっと空気が変わる。そこにあるボーカル 岳人さんの「我(が)」。 「暗い曲なんですけどどうしても歌いたいのでやります」。 この方の唄は、詩の朗読だなあと思う。ゴツゴツ、で繊細。昭和の雰囲気、エレジーも。言葉を追いこんで追いこんで、削りこんでいく。 4組目、ストリングス倶楽部さん。反転して、根っから陽気。酒を飲もう、陽気に歌おう。ブンチャッ、ブンチャッの2拍子が軽やか。ハギさん(ギター)とココロさん(サックス)のソロに圧倒されるも、全体絶妙なバランス。シナプスが指先にまで伸びてメンバー相互リンク、のような。楽器の洗濯板をなでる指先を見てそう感じた(格好はトナカイさんの着ぐるみ)。 3階の窓ガラスは湯気でくもる。ロックがあっという間に水割りに変わる。温度も湿度もタバコの紫雲もめいっぱいだ。 5組目のオランさんも「ここ空気うすいよー」。最後の曲はすごい勢い・速いテンポで終わった。私だったら酸欠で倒れるにちがいない。言葉がすごい。オランさんの歌は絵筆なのだと思う。たねの歌も、君の靴音も、見えない物を描き出す。二重に描き出す。歌詞の中と現実と。 この夜も音楽から血を分けてもらった。新しい出会いに感謝します。

空とぶ音

オランさんは言いました。 東久留米の空には、木琴が浮かんでるんです。 そう思う。 木目鳥さんがきっかけで、ライブハウスに行くようになった。 そうすると、対バン(競演者)の方たちが紡ぐ、新しい音との出会いがある。 先日のライブで。 ステージが暗転、最初がオランさん。アコーディオンが響く。 (リアルの音楽はすごい。あらためて感じる。) 一人目ってやりにくそうだな、と 思うまもなく、 無地の舞台が色とりどりの世界に染まっていくから、おどろく。 拡大鏡や、遠めがね。 野原や空を大きく写したり、遠くの方からから眺めたり。 自由自在に。 「耳から見ている」感覚。 (見えない糸もみつけるし、聞こえない音も聞いてしまう。) そしてオランさんのおっとりした話し方が、空気をほどいていく。 みなさん、だまし舟って知ってますか。 (しりません) 折り紙の、帆を持っていると舟、舟を持つとちがうよ帆だよっていう。 (ああ! なつかしい) 私たち観客は、オランさんのこしらえた舟に乗って、そのあと木目鳥さんや みなさんのパフォーマンスの海を、ゆらゆら流れていきましたとさ。