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夢を記録すること

ひたすら続けたり、数をかさねていくと、 その量的な積み重ねだけで、「価値」が生じてくる。 継続はエネルギーの具現化。 くる日もくる日も、夢の標本を続けている。 12月には400に届く。 1000までいけば、サンプルとしてなにがしかの傾向を発見できるだろう。 100では経験的に見て、少しものたりなさそうである。 1万では、意味の多様性を超えてしまいそうな気がする。 語彙数や感覚、夢のバリエーションを考えたら、 1000くらいがちょうどいいあんばいではないだろうか。 それをどんな変数で「分ける」か。 それがつまらない標本を、面白くする術(すべ)。 最近は「情報をキュレーションする」とかって言うし 昔なら「切り口をさがす」なんて言っていた。 あらためて、まな板の上の素材を見つめる。

はじめに

3.11によって 冷水をかけられたような目覚めがあった 怠惰、非生産的、無目的、さまざまな執着、 大事にしていたが実は大切でないもの、 それらをいったん自分のテーブルからぶちまけ ゼロから積み木をくみ上げる、日々 この世界の悲しみとともに 仕事に努め、税金を納め、義援金を送る 省エネ家電への買い替えで 我が家の夏の電気料は3割減 冷房を我慢し、電気を消した時間で本を読み勉強する 長年やってきたネットゲームはもうしない ヴァーチャルよりリアルを パソコンの中の世界に投資するのではなく 現実のものに投資していきたい 老後にやろうとしていた創作を始めた それは絵を描くこと 生活のフォーカスが「将来」「いつか」から 「今日」「今」に変わった だれにも明日がどうなるかわからない 手応えのあることをしたい ──3.11がなかったら、私のたくさんの絵も、このブログも存在しなかったろう。 願わくば私が描くことで誰かが喜んでくれて、できれば復興への力になれるように。 今はまだ未熟で微力な存在だけれど。