ぺらぺらの奇人

私は「奇人」というテーマで絵を描いている。
それを「妖怪」と言われ、あれっと腰の関節がズレるような心持ち。

妖怪さんは、その背中に民族やら風土やらを しょっておられる。純粋でえらい。
奇人は、平凡。ボヨンと凡庸で、まだとても浅い。うすい。
妖怪さんは 稀人*(まれびと)。奇人は 凡人(おぼびと)。

※描いてみるとあらためてわかる。妖怪の存在感たるやたるや。


妖怪さんは 踊る。奇人は 踊らない。
そもそも「人間に対する妖怪」という構図。奇人にはないと思う。
むしろ奇人は、そのへんにいる 私/あなた/だれか そのもの。
単なるメタなメタフィジーク**。

日常のレイヤーを ぺらっと ひょいっと、めくったところに見えてくる。
メタとは「ぺらっ」「ひょいっ」のこと。
立派な「筋肉機械」みたいな精神(こころ)には、『奇人圖譜』は映らない。
見えないより見えた方が面白いことだってあるのだ。
たまには「ぺらっ」もいい と思う。

すべてはあまりにも近く、感覚的。
ただ 漫然とぼーっと 水草や葦(あし) のように ゆらめいているだけ。
水の流れ、風の渡り。
あるがままに「ただ」あるだけ。「あまねく」いるだけ。
‥‥それは妖怪さんも奇人も同じかもしれない。

* 折口信夫の学。
** 形而上学(独)。反対語はベタフィジークとでも。